結論「手に入ったら、できる限り早く食べてくれ!」
赤福はただの餡子を使った餅だって?
「そんなふうに考えていた時期が俺にもありました」(バキ25巻より)
親族に三重県民がいることもあって、何度となく食べてきた赤福。
昨日初めてその本当のポテンシャルを知った。
一見いつも通り過ぎる赤福。
艶があって、目で見てわかるほどしっとりしたあんこ餅が丁寧に並んでいる。
お馴染みの包装紙に、お馴染みの箱と、お馴染みのヘラ。
いつもと違うのは、『今さっき買ってきたばかり』、この一点。
なんの期待もなく、コンビニで買ってきた100円くらいで3つ入ったあんこの団子を食べるがごとくバクっといただくと、
ムニーーーーーーーーーーーーーーーーー
めちゃめちゃ餅が伸びたーー―――――――――!!!
初手モチモチ
続いて行き過ぎたしっとりあんこの味が絡んでくる。
フランス人が「デブデショマワリミテゴラーン」かのごとく、このマリアージュを称賛する姿が容易に想像つく。
なるほど、今まで食べていたのは赤福であって赤福ではなかった。
こんなにも作ってから経過した時間で変わってしまうモノかと。。。
揚げたての唐揚げと、弁当の唐揚げのように
揚げたての揚げパンと、コンビニの揚げパンのように
俺の屍を越えてゆけがごとく進行速度で赤福は変わってしまうのだ。
「生ものなので、できる限り早くお召し上がりください」的なことが包装紙側面に書いてあるが、
本当に書くべきことはそれじゃない。
正面に書いてある「片寄りやすいので、たいらにお持ちください」
これも違う。
『時間が経過するごとに本来の味が損なわれます。艶のある舌触りなめらかなあんこは見た目とは裏腹にパサついていき、しっとりなめらか舌を包み込むほど柔らかな餅は時間の経過とともに固い団子を食ってるような食感になってしまいます。』
これだ。
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